ひつじ

何にも持ってない羊がいました
羊の名前はありませんでした
何にも持ってないのでからっぽでした
みんな羊を呼ぼうとか、遊ぼうとか、そういうことはこれっぽっちも考えてません
だってなんにも持ってない羊と友達になったって
仕方がありませんものね。
羊はそんなことにはとてもなれているので
いつも誰かの草をちょっと隙間から拝借して
怒られる前に逃げるのです。
怒られたら怖いですものね。

ある日羊はゆっくりとつま先を伸ばして眠りを誘っていました。
穏やかな夕方でした。
ふと、羊は鼻先にちょうちょがとまっていることに気づきました。
なにももってない羊は
なにももっていない羊らしく、ちょうに話し掛けるのはやめておきました。
ちょうはゆっくりと二、三度羽を広げて、
ひらりと飛んでいきました。
たったそれだけのこと。
それだけのことでした。

次の日から羊は鼻先にちょうが止まるのを心待ちにするようになりました。
しかしちょうはなかなか止まろうとしないのです。
拝借したはちみつをつけてもみました。
石鹸で綺麗にみがいてもみました。
だけどちょうはとまってくれないのです。

ある日唐突に、さめざめと羊は泣きました。
月がきんきんと凍った夜でした。
羊のウールは涙でぐっしょりぬれてとても寒かったのです

お月様、僕はこれから旅をします
僕の鼻にちょうが止まってくれるような
そんな場所を探します

そしてさめざめと、さめざめと、羊は泣いたのでした

次の日から羊はちょうを探して旅をはじめました
夢見るのは鼻先にちょうが止まってくれること。
思えばそれは、羊が何かを持ったたった一つの瞬間だったのでしょう。